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alphaの(毎週更新)日記

Webにちょっとだけ関係した仕事をはじめた元Webディレクター兼業主婦が徒然と書くブログ。読書記録、美術展の感想など。

文学部を出てWebディレクターになってよかったこと(3)

ワクワクして文学部の学生生活をはじめたものの、2回生になって自分が賢くないことと出版社への就職が厳しいことを知って愕然とした私。

alpharuha.hatenablog.com


文学部とは何ぞや

そんな私は何を思ったか国文学専攻の飲み会で担当教授に嘆きます。お酒の力を借りて言いたいこと言っちゃうのって子どもや。
「文学部ってなんなんだろ…就職もよくないみたいだし…」

今なら当時の私の無礼さがわかります。担当教授=恩師は私たちが卒業する時に定年を迎えられるずっとこの道で生きて来られた方です。有名な著作も多くありその道の第一人者です。
それが文学の何たるかがわかっていない単に就職したいだけの小娘が!小娘が!

でもこんな無礼な私に対して、恩師は「文学部ってね、サロンなんだよ」と一言。
酔っ払い私、サロンってなんかかっこいいと思い納得(早っ!!)。いや、単純にかっこいい、のではなく。
「サロン」現在ではほとんど使われないその言葉ですが、その言葉の示すところについて、なくてもいいかもしれない場所、でもなければ新たな文化の生まれて来ない場所と私は受け止めました。
出版社に行くのか、それともなんとなくかっこいい記者になるのか、ミーハー心な就職意欲でしたが、どんな場所に行っても文化を作ることができそう、なくてもいいけどあればほっとするものを作ることができそう、それって何て素敵なんだろう。
学部としての就職実績が悪かろうがそれはあくまでこれまでの数字であり、文学部であることを卑下する必要なんてない。すっかり前向きに戻りました。

負け続けるマスコミへの就職活動

ただ実際の就職活動はまあ、失敗失敗の連続でした。何となくでマスコミ就職の学校にも通いましたが(通うことで自分を安心させたかった)新聞、出版、テレビと受けて惨敗。
このあたりは今回の本題から逸れそうなので軽く失敗と書きますが、今思えば当然。
文章関連、出版社関連、などと考えていたのに、出版社の数の少なさにビビッてマスコミなら何でもいいとなり、中身のないエントリーシートを書き続けます。エントリーシートと記憶力で何とかなる筆記は通っても面接で軒並み×。
社会人を経験して分かりますがあんな就職活動じゃそりゃ志望動機にも魅力がなくそれ以外に突出しているところもなく利益をもたらしそうになかった(苦笑)

そしてようやくの内定は

4回生の10月、友人たちはみな内定式に行きました。なのにまだ内定のない私。さすがに普段呑気な私でもやばいかもしれないこれ、と不安で不安でしょうがありませんでした。
恩師の定年が決まっているので、就職が決まらず留年することになると恩師に卒論を見ていただけない。けれど、教員資格もなくモラトリアムのつもりで大学院に進んでも更に就職状況は厳しくなる。国文学への想いはあったものの想いだけでは勉強できないこと、自分の能力は学部止まりと考えていました。そしてそもそももう親に学費を甘えられない。
やっぱり残りの持ち駒で内定をもらうしかない。10月の時点で、残っていたのは地元新聞社の秋採用と、出版社関連のサイトも運用していると謳っているマルチメディア制作会社の2つでした。
サイトを運営しているイコール出版ではないのは分かっていましたが、何となくよさそうな会社に思えました。

マルチメディア制作会社の筆記試験は大阪で行われ、自分が入社したらどんなコンテンツを作るか、という記述が求められました。この時、まーったくサイトの知識がない私は読ませる文章は人を引き付ける、文学は余裕を持たせる、なのでそういった文学的なものを掲載すべきと書いた記憶があります。自分の知っている分野に照らしてしか書けませんでしたし恩師のサロンの一言がずっと胸にありました。その後、同日に面接も実施。
何故か通過し、東京での最終面接(二次が最終面接でした)がありました。そこでは
「あなたは出版に関わるサイトを手掛けたいとのことだけれど、うちが手掛けている雑誌○○のサイト見てくれた?」
と質問されました。まさかの見てませんでした!!酷い。でももう繕ったってボロが出るし
「残念ながら見ておりませんでした、帰宅してから見ます!」
と答えました。あーもう落ちたな。でもまあいいや。出版じゃないし。そもそもマルチメディアってよく分からないし。それ以外については覚えていないので無難に答えたものと思われます。
ただ面接会場から出て廊下を通った時、半年後にここで働いている自分がイメージ出来たのは不思議な体験でした。落ちたと思いたくなかっただけなのかな。

そしてまさか内定の電話をもらいました。地元新聞社の秋採用の結果も待ってもらい(筆記通過後面接落ちの見事なパターン)、最終的に貴社に入社しますと内定承諾し就職活動に終わりを告げました。
大学受験までは思う通りになったけれど、就職で初めて進路が思う通りにならなかったのに行き先が決まったことにほっとしていました。そして馬鹿正直に見ていませんと答えても、出版だ文学だと言い続けても採用してくれたこの会社は自分に合うのではないかと予感していました。

こうして、当時はマルチメディア制作会社と呼ばれる会社に入社することになりました。ここでWebディレクターという仕事を知ることになるのです。

ようやく会社に入ったところに来ました。明日はようやく結論!