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alphaの(毎週更新)日記

Webにちょっとだけ関係した仕事をはじめた元Webディレクター兼業主婦が徒然と書くブログ。読書記録、美術展の感想など。

実行できないWeb本をためてるこんな毎日じゃ(閑話休題)

Kindleの良さもジワジワ分かりつつ本屋に行くのが好きです。
この世に出ている本を全て読みたい!と豪語していた学生時代。
豪語する割に研究対象の作家の全集も古本屋で買うだけ買って満足してしまっていました。なんやそれ。
それは流石に果てしな過ぎる夢だと今なら分かるけれど、それでも読みたいと思った本は全て読みたい、という気持ちはあります。
買って積読しているものいっぱいあるのだけれどね。
意外にすぐに手に入れにくくなったりもするのでピンと来た時に買っておきたいのです。

さて、そんな風に本屋に行った時にふと思ったのです。

平積みになっている恋愛本、ダイエット本、人生示唆本、仕事が出来るようになると謳う本。
こう言ったハウツー本は常に平積みになっています。
方法は違えど目的は同じものも多く。

このハウツー本通りに叶う人ばかりだったらハウツー本は売れなくなるのに、方法は変われど次々出てくるのは、叶えられないことが大半なのだろうなぁ…ということに。

というのも私もWebに関する書籍をそこそこ買いますが、それでもまた次を買います。勿論流れの早い世界でちょっと前の常識が今の常識ではなくなります。
それでも以前に買った書籍をどれだけ自分のものにした上で次を買ったかというと…

ダイエットや美容本については更に、全く!買ってやる気だけでもあった頃の方がよかったのかどうか。

セミナーには参加して満足、本は読んで満足、ということが続いていたなぁとハウツー本の平積みを見て我にかえるのでした。

懲りずにWebディレクション本を買い、週末はリクリセミナーに参加するので自分の課題を持って読んだり参加したいと思います。
そうすることで身のあるブログも書けるはず、という週末の自分へのメモ的記事でした。


少しでも身体を動かす

す、既に今年の目標で達成できてないことがあるのだけど振り返りは3ヶ月後と書いたこともあり今月下旬に振り返るよ…(小声

今年の目標を取り出したのは、達成できそうにないから書かなかった目標があるのですが、目標ではなくやりたいこととして改めて宣言するのがよいのかなと考えた次第(自分で自分を煽るスタイル)。

それは1日ちょっとずつでも簡単なストレッチなり運動を取り入れること。

年明けのやる気時期を以ってしても目標にするのを躊躇っていたのですが、必要に駆られるとやらなきゃとなるものですね。夏休みの宿題風(でも夏休みの宿題はこう見えてギリギリではなかったですよ)。

この冬、暖冬だったなんて発表をニュースで聞きましたが個人的には寒くて寒くて仕方がなかったです。
再就職して朝から外に出る生活形態に戻ったこともあるかもしれませんが、それでも寒かった!!

そして足先がとても冷たく自分の身体ながら足先まで血液が通っているのか心配になる程。
個人比ではなく夫にも冷たいと言われたので冷たいはず…

そして足先が冷たいと気持ちも身体も何かを取り掛かるのが億劫になります。
足の湯たんぽは昨年より引き続き愛用していますが、外からあっためるだけでなく自分の身体で熱を作れるようにしなければまずいという気持ちになったのです。

その時思い出したのが、数年前にもこの冷え体質なんとかしなきゃと右往左往し買っていた冷えとりヨガの本。
冷えとりには賛否両論あるように思いますし西洋医学を否定する考えはちょっと極端な気がします。
ですが、身体を鍛えるのは悪くないことですし、改めて読むと身体に効くポイントなんかも書いているので、手始めにこちらを寝る前に少ししはじめました。ほんとにちょっと…

腹式呼吸をすることがポイントのようですが、正しく呼吸できているかがわかりません。
よくよく考えると割と昔からカラオケで高音を出すのを楽しみつつも変なところで息継ぎしながら無理やりのばしていた気がします。呼吸下手。
深く息を吸って吐いてが下手なので今習っている楽器も下手。
でも呼吸教室で検索してもヒットしないので呼吸はボーカルレッスンかヨガレッスンで教えてもらうのがいいのかしら。

と、早速運動以前の壁にぶつかっていたり強制力がないことが苦手ではありますが、日々自分の身体に無頓着な状態から脱して動かすことを少しずつやっていきたいと思います。
美容にもつながりそうだしね!

来年の冬は寒くてやる気が出ないということが少しでも減るのを楽しみに(*☻-☻*)


先延ばしにいいことはないってこと

こんばんは、ブログ更新を先延ばしにしていたalphaです。何言っとうんや(神戸弁感)コイツ丸出しですが。

 

先週、学生時代によくしてくださった先輩の訃報に触れました。

先輩との思い出をはじめとする先週からの気持ちの混沌・変遷を術がなく、よくてポエムにしかならず(ポエムが悪いわけではないのですが)、書けば書くほどしらじらしくなりそうで、ここに記すことはしません。ブログ「ネタ」にしてしまうようで。その方とつながりのあった恩師も先輩もブログが更新されていないことも躊躇われる一つです。

 

ただひとつ自分事として書けるならば。

先輩と私は物理的には決して遠くない、いやむしろ近い距離にいました。年賀状では「近くにいるのでまたお会いしたいです」と毎年書いていました。

それでもここ数年ニート時間のあった私に対し、先輩が活躍されているのを知っていたため、お忙しいところ時間を取ってもらうことに遠慮をしていました。勝手に。

いつか、いつでも、お会いできるところにいるから。またいつでも会えるやろうな。

 

頭ではわかっていたつもりでしたが、わかっていませんでした。

「いつか」も「いつでも」も、実行しなければ「いつまでもない」だけなのです。

そしてそれが「永遠にない」こととなってしまいました。ありきたりの言葉ですが後悔しかありません。

 

 

 

先延ばしにせず会いたい人には会える時に会うことが大事やな、ほんまに…

それは人だけでなく機会も何でもそうなんやろね。

 

故人のご冥福をお祈りいたします。